スワミの講話(シヴァラトリ祭NO3最終)
2008/3/13 夕方
於:インドのアシュラム、ババ寺院。


スワミの講話(シヴァラトリ祭NO3最終)
2008/3/13 夕方
於:インドのアシュラム、ババ寺院。



スワミ:
……というわけで、これで今までやってきたシバラトリのコースがすべて終了となります。

世界中の異なる国々から来た大勢の生徒達…。それぞれ違う形で心を開き、様々な角度から驚くような行をおこない、そしてここに大きな期待を抱いて訪れ、いくつもの偉大な体験をしている人達。それはすべてババの恩寵があってこそです。

この2〜3週間前から約1カ月、あなた達のスワミは太陽を見ていません。ずっと、日中も部屋にこもっていました。部屋にこもり、そこで私がしていたことには理由があります。

私もあなた達と同じ、人間です。しかし同時に、あなた達の為に働くよう神聖なエネ
ルギーに選ばれた人間です。それは私の運でもあり、至福でもあります。

あなた達がどんな祝福や経験を受け取ったにせよ、それは全てビッグ・ボスのババから与えられたものです。ビッグ・ボスとはババのことです。ボス。ビッグボス。本当のボス。ボスはあなた達のスワミです。ビッグボスは、あなた達のババです。本当のボスは、ジーザスです。ボスはあなた達のことをかなりよく掌握しています。あなた達にはボスが必要です。

そして多くの人達が驚異的な努力をしました。それをとても嬉しく思います。あなた達は辛く感じたかも知れませんが、それは私が故意にしたことではありません。意地悪をしたわけでもありません。あなた達が抱えている幾ばくかのネガティブなエネルギーのせいです。時々厳しく接するのはその為です。洗い流すためです。

2日ほど前のことです。実際にあった出来事です。ラーマクリシュナが私にマッサージをしていました。その晩。二日前の晩。二日前。夜遅く、午前2時頃。彼は私の足をマッサージしながら、自分の人生について色々話をしていました。私はそれを聞きながら考えていました。彼に学習させなければならない、と。彼はこの人生で、ある間違いを何度も繰り返していました。

今日の夕方、私は階段の上に座っていました。ラーマクリシュナが灰を運んでいました。私は彼を引っ張って来ようと思いました。彼の人生が順調になるように、引っ張って来て、少し話をして、少し勉強させようと。妙な、おかしな習慣はもう止めさせようと。この8年か9年、彼は私のよき友人です。良い生徒でもあります。私はだいぶ彼を変えました。しかし彼は長い期間、母国に帰ります。私は彼を結婚させました。

美しい娘もできました。彼はここに来て、とても平和です。しかし、密かに妙な事をしているのを私は知っているし、本人にも何回も警告しました。それで私は心の中でババに語りかけました。どうやって彼を変えたらいいか、どういう方法で彼に学ばせるべきか…。

そのとたん、ものすごい勢いでラーマクリシュナが転倒しました。凄い勢いで、大きな音がしました。持っていたバケツがころがり、中の灰も熱い炭も放り出され、彼はその上に手をつき、焼けどしました。パンチをくらったのです。私はそのことに気がつきました。はっきりとした明確なメッセージでした。それがあなた達のボスのやり方です。

いつでも私は本当に心配なときには、あなた達の事が本当に手に負えなくなると、いつもババのところにいきます。足が震えます。

あなた達のファイルをババにあげる必要はありません。小さいボスの段階で解決した方が無難です。泳ぎを覚えるために海に入る必要はありません。プールがあれば十分です。海は必要ない。波が大きすぎます。彼(ババ)の前でリラックスしていられれば良いのです。海のそばにいれば良い。そこで泳ぐのではなく。

私でさえババの前に立つのは、あの台座にあがり足を触るのに、2分も3分も触っているガッツはありません。最高で1分です。2分もたてば倒れます。それで充分です。

私が何故こういう事を言うか。私たちはマスターを丁重に、慎重に扱わなければいけないからです。ババはあなた達のどんな問題でも本当に解決できます。しかしマスターにとってあなたが問題児になってはいけません。あなたのカルマ的行動で、という意味です。どんなに一生懸命聞いて学ぼうとしても、その変な、おかしな行動をとり続ける限り…。あなた達は皆、サイ(ババ)の家族です。あなた達の魂はみなサイ(ババ)ファミリーの一員です。同じ木の下にいるのです。あなたと普通の人との間には大きな、大きな違いがあります。それを決して忘れてはなりません。

あなたは特別なのです。あなたはグルンパランパランに繋がっています。これは重要です。その自分を決して忘れてはなりません。あなたにはやるべき事があり、そして絶対にやってはいけない事があります。これは重要なことです。


自分のダルマ(使命)を忘れない限り、あなたの人生はスーパー・ハッピーです。名声を求めてその足を止めてはなりません。知名度をあげようとして、もがかないでください。成功を求めて闘わないでください。成功する為の努力はしても、闘ってはいけません。あなたが努力をしたときババが与えようと思えば、それは与えられるのです。ババが与えるのをよそうと思えば決して与えられることはありません。

あなたのダルマ(務め)はお願いすることです。心を開いてお願いするのです。努力して、努力して、努力する。精一杯、最大限の努力をして、あとは平和な気持ちでリラックスする。人生は巨大な満足 - それにつきます。満足感さえ育てられれば、至福です。

私の力だけでこのような驚異的な活動をしたり、あなた達の為に粉骨砕身働いたり、こんなに創造的なことができると思いますか?ババの祝福と恩寵なしには起こりえない事です。あなたは絶対に、絶対に「私がしている」などと思ってはいけません。同時にこう思わなければいけません。「私が自分でしているのではなく、神聖なエネルギーが私にやらせているのだ」と。

私も多くのあやまちを犯してきました。しかし間違いがわかったら、私は二度と同じ間違いを繰り返しません。そう努力します。それ(姿勢)をあなた達も育てなければなりません。好きか嫌いかなどは無関係です。それが好きでも嫌いでも間違いである事に気がついたら、もう止めなさい。ただ単純に、やめなさい。そこで断ち切るのです。そうすれば人生は楽になります。人生は大概のところうまくいくものです。問題は私たちの行動です。やったことが再び返って来ます。反作用として戻ってきます。

作用と反作用の関係です。カルマ的にいうと、あなたが良いことをすれば良いことが返ってくるし、悪いことをすれば、誰かに痛みを生じさせれば、あなたもその痛みを受け取らなければならなくなる。だから、あなたの幸せの為には、誰にも、たとえ面白半分ででも、痛みを生じさせてはなりません。誰も傷つけないようにしなさい。意識的にでも無意識にでもです。そこに危険が潜んでいます。

神は真実の愛以外のなにものでもありません。その愛を武器としてあなたも使わなければなりません。その武器をつかいこなすのです。それを止められるエネルギーは存在しません。仮にシルディババがあなたを試そうとしても、たとえシルディババがあなたを試したくても、あるいはマザーがあなたを試したくても、あなたの愛の前では必ず挫折します。

同じように私もその武器を使っています。あなた達は悩みを全部ここに置いて、自分たちの国に帰っていきます。あなた達一人一人の問題を解決するため、私はババに大変な苦労をさせられます。試されるのです。私のエゴを試されるときもあれば、忍耐を試されるときもあります。あらゆる角度から私がどうなのか試されます。必要もないのに試されます。かなり不愉快です。

今日はグルの日です。日本人グループが終わるとすぐに私は庭に行って座りました。ほんの30分程自分に時間をとって、リラックスしようとしました。驚いたことに、どこからともなく50人近い人が現れて近づいてきました。インド人です。私のところに来て座りました。非常に重要な人達です。彼らは私をみつけました。私は見られてしまった。もう逃げられない。捕まってしまった。オッケー。私は単純にそれを受け入れて、彼らと話をしました。

私は庭に出る時にはよく スタッフの子たちに誰もいないか確かめてもらいます。それから散歩を始めます。そうやってリラックスしたい時、時間を自分の為に身勝手に使おうとして散歩しようとすると、すかさず、容赦なく、どこからともなく人が現れて私は仕事をさせられます。

私がなぜこの話をしているか。絶対に、自分のダルマ(務め)から逃げてはいけない、ということです。私がもし務めから逃げ出そうとすれば、その倍も働かされてしまいます。

これは真理です。真理です。みんな全員サイ(ババ)のファミリーです。使命に責任を持ちなさい。自分の使命を果たしさえすれば自由な鳥です。逃げようとすれば大問題です。あなたの使命がなんであれ名誉と思ってやりなさい。それは与えられたものです。彼(ババ)を通じて与えられたもの。彼(ババ)から与えられたものです。有名になったらそれで良いし、不名誉なことになってもそれで良い。ただ自分の使命を果たす。使命は果たす為にあるのです。決して結果を求めてはいけません。結果を求めて仕事をすれば必ず問題を抱えることになります。あなたの仕事は使命を果たすことだけ。結果を期待すれば危険です。

医者が心臓の手術をするとします。もちろん医者も患者も成功してほしいと思っている。手術は成功しなければなりません。医者は患者を殺すつもりなどないのです。たとえ患者が死んでしまっても、それは彼のミスではありません。患者が生きのびた、手術が成功した、といってもそれはあなたの成功ではありません。それは神があなたを通してやったことです。「私が、俺が、自分が」と思ったときには大変なことになります。


決して「時」を信じてはなりません。「時間」以外なら、あなたはこの惑星上で何を信じても構わないのです。カーラ・チャクラ。この惑星上でそれを最初に発見したのは仏陀です。悟りはカーラ・チャクラを通してのみ得られます。

カーラ・チャクラのプロセスを通してマスターはあなた達に(指をはじいて)旅をさせることができます。一万年後でも百万年後でも連れていけます。あなたの魂の旅を押すことができる。サマディに入らせて押す。あなたの魂を押すのです。

過去に戻りたければ、5千年前の状態に戻ってあなたの魂、あなたの構造、あなたの肉体が何年何月何日にどうなっていたかを知りたければ(指をはじく)、戻っていけます。戻れます。

去年だったと思いますが、私は始めてカーラ・チャクラをスイスで教えました。それ以前には教えたことはありません。来月、また私はスイスにいきます。最初の段階はもう話したので、第二段階としてカーラ・チャクラの話をするつもりです。

つまり最もパワフルな、重要なステップがカーラ・チャクラです。この惑星上でスピリチュアリティを学ぶ者は誰もが知らなければならない。それがこのカーラ・チャクラです。

自分の死の瞬間も見れるし、自分の誕生の瞬間も見れる。自分の母親の子宮に入った瞬間も見れる。自分の魂の旅する時間をすべて見れる。どうやって、いつ母の子宮に入ったかも。何日の何時何分何秒か、正確にわかります。いつ出て来たか。いつまたその肉体を脱ぎ捨て、飛び立つのかも。これは冗談ではありません。本当のことです。

明日思い出させてくれればカーラ・チャクラのヤントラを見せましょう。数千年前のパームリーフ・ブック(椰子の葉の古文書)に書いてあります。描かれています。そのヤントラを見せましょう。その祈りにどう繋がるか。そういう、信じられないほどの神聖なヤントラがあるのです。

心はどこまで開けば良いのか…。どのくらい…。それがマスターに響きます。いったんあなたが本当に鮮明になり、心を開き、心の底からこの星の役に立ちたいと望むなら、私はあなたと共にあります。しかしあなたが身勝手な行動をし、自分の富と名声を求め、そして、すべての情報を曲げてしまうなら、変なおかしな角度に…。そうなったら、私はあなたと共に歩むことはできません。

私がどんなにあなたと親しく友だちづきあいをしても、情報を教えるわけにはいきません。あなたがどれだけエゴを発揮し、鮮明さを欠き、心を閉じているかなど、マスターは決して教えたりしません。それを教えるのはマスターの仕事ではないからです。

マスターはあなたの匂いを嗅ぎます。あなたの味見をします。あなたの言葉を聞きます。それから後はマスターはあなたと共にいます。それから後は、あなたと共にあるのです。全グル・パランパラがあなたと共にあるのです。それで完了。ハッピーな人生がおくれます。

マスターにとってあなたの個人的な、奇妙な習癖などどうでも良いのです。マスターが見るのはあなたの心がどれだけ献身的であるか。それが重要です。そうなるまでは、難しいです。私にとっても、あなたにとってもです。これは私にもあてはまることです。

私はいつもババに祈り、お願いしています。
「どうか私に正しい考えを与えてください。
 どうか良い心を与えてください。
 どうか人助けの心を与えてください。
 どうか私のエゴを取り除いてください。
 どうか私の間違いを教えてください。
 でも、罰を与えない方法でお願いします。
 私を懲らしめていただなくて結構です。
 もう十分学習しましたから。」
そう心の底からお願いします。真面目な話です。あなた達も同じ路線で歩まなければなりません。

人生は短いのですから、甘美なものにしなさい。あなたがここに来ているのは自分の為です。自分の周囲に幸せの輪を拡げてください。あなたには驚くべきことができるのです。

私は7月に日本に行きます。そこでカーラ・チャクラを教えるつもりです。日本人に始めてその体験をさせます。15名から20名ぐらいを選び、5万年後の未来へと旅をさせます。それは催眠ではありません。催眠状態ではありません。意識ははっきりしています。その場所に1時間おいてきます。それから10名を5万年前の過去につれていきます。そこでどう感じるか。

そのとき、あなた達はこう考えるかも知れない。「スワミ、もしするとこれは私がこの惑星上で始めて肉体を持った瞬間かもしれません。私は神から出てまっすぐここに来ました。まっすぐここに来ました」あなたはその様に思うかもしれません。神と融合すれば転生はありません。もし…(不明)に触れ、地のエレメントに触れたなら、転生をし続けます。どのような魂でも、この惑星上に人として生まれる必要があったなら、百万回の転生が必要です。人として生まれ、百万回の人生を生きるのです。

明日、その古文書を見せましょう。テレグ語がわかる人がここにいるなら…。読める人は何人いますか?彼らに訳してもらいなさい。テレグ語の辞書を使いなさい。

その本は私が書いたものではありません。文字を読むには拡大鏡が必要です。そのカーラ・チャクラもやっと読めるぐらい…、そのヤントラを描くのに、極細の針を使っても、書けないぐらい小さい、本当に小さい…。どうやって描いたのかわかりません。驚くべきことです。

それは大変なショックでした。本当にショックでした。その本、そして他にも何冊かの本を私は運んでいました。川の外側、丘を越えて反対側にいくところでした。

あなた達にその話をしなければ。その本は…、木の箱に入れていました。箱には7册か9册ほど入っていました。本は赤い布でくるみました。これぐらいの大きさでした。地面からこれぐらいの高さで、赤い布で縛りました。

私と友人はとても小さな、なんと呼ぶのか、小舟?に乗りました。友人は泳ぎが上手でした。私は泳げますが、それほど達者ではなかった。そんなに上手ではありませんでした。

川の流れが激しく、川岸のある場所に着かなければならないのに、水の流れがすごくて、どんどん流されて、どんどん動いていってしまい、彼は前の方で漕ぎ、私は後ろで漕いでいました。目標を定めたけれど、だんだん左の方へと流されていってしまいました。そこに大きな竜巻き? 渦?巨大な渦が発生していました。ボートが5回も6回も大きく揺れて、ひっくり返ってしまいました。私はその日、死んだと思いました。以前に私は自分のカーラチャクラを見ていて、わりと安全に生きるはずだったのに。箱があいてしまい、水が中に入り、重くなって本が浮かびあがりました。大変な勢いで本が流されていきます。

私は友人に叫びました。
「早く!本をとって!」彼が本を回収するのに2時間近くかかりました。私はなんとか岸にたどりつきました。私はちっぽけな人間ですが、9年前は偉そうにしていたのです。それから2時間後、その岸で、私は死んだような気持ちになっていました。「あぁ、神よ…」

この本は地球上に現存する恐らく唯一の本です。いま見てもそのときの水滲みがあります。私は本を陽にあてて乾かしました。いまでも跡がついています。水に濡れたあとが黒くなっています。

自然界ですら情報の公開に抵抗するのです。情報が世に出るのを拒むのです。いつだって神聖なものはネガティブなパンチに直面しなければなりません。ネガティブなエネルギーがいつでも神のエネルギーを待ち受けているのです。あなた達はネガティブに対して慎重に、賢明に対応しなければなりません。ラーマクリシュナのように。

何をしたいときでも絶対に、そのクライマックスの瞬間まで自分の思考を入れてはいけません。(何も考えずに)ただ実行するのです。私も生徒達に対して同じようにしています。私が何をやろうとしているのか、彼らに何を体験させたいのか。それを決して口に出しません。もし言ってしまえばそこに若干の差が生じます。私はそれでも実行します。ネガティブな波動を本当に自由に扱える人、そういう人はこの惑星上でマスターを育てるのです。

ジーザスですら…。彼は驚くような奇跡を行いました。仏陀も驚くような情報を伝えた。しかしジーザスは自分の技を生徒達に伝えることができなかった。それを、その技を私たちは与えているのです。今世紀だけです。今は非常に自由度が高い。この先はまたきつくなっていきます。今、扉が少しだけ開いています。私は全力で運転しています。最高速で走っています。扉がほんの少しだけ開いているから。もし閉じてしまったら幾つも幾つも、幾つもの人生が必要になります。

ですから、神聖な魂をもった皆さん、チャンスが訪れています。チャンスが我々を味方しています。それを活用する努力をしてください。スワミ・カレシュワールの姿形を見るのではなく、彼が何を教えているのか、それを見ようとしてください。あなたがスワミを見て「へぇ〜、黒いジャケットを来ている」と思うなら…。それは確かにスワミです。我々はみな西インドの人間の姿をしています。スワミが西洋人に見えますか?洋服やひげや髪型を重視しないでください。

マスターは牛です。草を食べ、壁紙を食べ、枝を食べますが、美味しい牛乳を出します。マスターはスコッチ・ウィスキーを飲むかもしれない。ビールを飲み、毎日チキンを食べ、ウォッカを飲み、おかしなドラッグをやり、裸で歩くかもしれない。それを受け入れるのです。彼がどのように生活し、何をしているかなど誰が気にするというのです?

同じ事がシルディババにもおきました。いったん吸い始めたら…。みなさんはシルディでガンジャ(大麻)のパイプを見ましたね?博物館に大きなパイプがあったはずです。日本人グループは見ましたね。大きなパイプ。言いにくいことですが、吸って、行ってしまうのです。

博物館には瓶もありましたね。ソーマ(酒)の瓶です。ババの一番の生徒でさえもババがいつも飲んだり、吸ったりするのを快く思っていませんでした。飲むもの、食べるもの…。彼らは好ましく思っていなかった。そういう部分がありました。

ババは病に苦しむ大勢の人々を癒しました。驚異的な事をしています。生徒たちはずっとババのそばにいました。ある日、ババと生徒たちが道を歩いていると、金属を加工する職人がいました。道ばたで 大きなつぼを火にかけて真鍮を溶かしていました。

ババは尋ねました。
「それは何かね?」
「真鍮です。溶かしています」
ババはその場で溶けている真鍮をカップに入れ、飲み干してしまいました。生徒達はみんなそれを見ました。ババは彼らの疑いの念を晴らしたのです。「わしは酒も飲むが、溶けた真鍮も飲む」ものすごく高温の液体です。金属です。普通は死にます。でもババはニコニコしていました。


私が何故この話をするか。私はババが何をしようが気にしません。彼の行動。彼の個人的な習慣。'あなたの'個人的な習慣もです。

私が関心をもつのはあなたの「社会的な行動」です。あなたがどれだけ自分の健康を損ねているか。あなたがどれだけ自分の人生に責任を持っているか。それだけを気にします。あなたが好きなことをして楽しんでいるなら、私はあなたの為に喜びます。あなたの立場で嬉しいと思う。問題ありません。

健三は大酒を飲みます。毎回プログラムが終わるたびに逃避します。本当ですよね? 私は気にしません。彼は心を大きく開き一生懸命働いている。一生懸命にやってくれている。とてもオープンなハートで。だからそれで良いのです。

今日はスワミが行うプログラムの、シバラトリのクライマックス。最終日です。ババの恩寵で少し休暇をもらえることを願っています。少しの休暇。数日間、誰にも会わないでいたい。

ということで、皆さんには幸運を祈ります。幸福な人生。成功に満ちた人生。そして何があろうと、あなた達の人生は常にババの祝福があるでしょう。それでは、残りの滞在を楽しんでください。幸運を祈ります。

=終=